養老孟司「かけがえのないもの」
かけがえのないもの…
それは自然。
女性。子供。
1つの受精卵が細胞分裂をして一人の胎児になり。オギャーと生まれて人間として劇的な成長をしていく。
生まれて、老いて、病気に罹り、死んでゆく。諸行無常。メメントモリ(死を思え)。
人によって現実は違う。それをはっきりと認め合うことができれば殺し合いをする必要はないのではないかと養老先生はおっしゃる。多くの人が正義とか真理とかいう、いわば抽象的なものに対してこの現実感を付与したままであれば、なかなか解決できないと…。
過去を否定してはならない。
自分自身の育ちを意図的に否定してきたのが現代日本である。この国がわけがわからなくなって混乱しているのは当然だと先生はおっしゃる。
未来の素晴らしさ。
漠然とした不確定な何ともわからないのが未来。子供が唯一持っている大事なものは、どうなるかわからない漠然とした将来。
恐ろしいけど、楽しみ。
楽しみだけど、不安。
このせめぎ合い。
観音様が33に変化するというのは、あらゆるタイプの苦悩に対応するのはもちろんだが、未知なる未来をとにかくすべて受けとめようという表現だそうだ。(玄侑宗久氏の解説より)
意識からの脱出。
人間が意識して作ったものでないものを、1日に一回見ると良い。意識の中に閉じこもることをやめれば、時間的な余裕も生まれてくる…そうです。
里山も手入れが必要。竹藪もそう。
子育ても手入れが必要。自分も手入れしなくては…。
あとは成り行きに任せていきましょう。
それではまた。
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